2009年8月5日水曜日

「英語教育実践支援のためのエビデンスとナラティブ」

「英語教育実践支援のためのエビデンスとナラティブ―EBMとNBMからの考察」という研究発表を、2009年8月8日(土曜日 13:05-13:30)に鳥取大学(第4室)で行ないます。


趣旨は以下の通りです。


研究背景: ナラティブに関する理解は英語教育界では乏しい。ナラティブとエビデンスに関する再考が必要である。 

研究方法: Evidenced Based Medicine (EBM) と Narrative Based Medicine (NBM) の考えから英語教育研究を再考する。 

研究結果: 英語教育研究の「エビデンス」は過大評価されており、「ナラティブ」は過小評価されている。



現時点での「序論」は以下の通りです。


1 序論
背景 従来質的研究に対しては、「これは一つの事例に過ぎず、一般性・普遍性を欠くものである」といったコメントが投げかけられていた。このコメントは、量的研究 (特に無作為抽出標本から母数への統計的推測) の考えに基づく再現可能性や検証可能性の認識論だけに依拠した理論的偏見であり、質的研究のエピソード記述が提示する「可能的真実」が読者に与える理解・洞察について考察することを怠っている (鯨岡 2005, pp. 45-48) 。幸い、平山(1997: I-V)も報告するように、日本教育方法学会、日本教育工学会、教育心理学会などの教育研究諸分野では、1990年代中頃に方法論上の論争が激しく行なわれ、以来、質的研究は、量的研究とならんで、教育研究の一つの柱となった。しかし日本の英語教育学界では、ジャーナル投稿論文の傾向を見る限り、日本の他の教育研究界と比較しても、海外の第2言語教育研究界と比べても、質的研究は非常に少ない。質的研究に関する理解は日本の英語教育学界では遅れているといえる。

問題 フーコー (Foucault 1980)も言うように、ある種の言説(discourse)の圧倒は、他の種の言説の抑圧と封殺につながりかねない。これは言説だけの問題でなく、権力 (power) の問題となる1。言説は、「真理」を標榜することを通じて権力につながるからである。
フーコーは、権力に関する旧来の考え、すなわち「国家などの制度的実体が固定的に所有し使用する強制的支配力」を斥け、権力を「社会関係の中で循環し、さまざまな事柄を抑圧すると同時に、他のさまざまな事柄を生み出すもの」として考えた (Foucault 1980, p. 119) 。その権力関係を強化するのが、それぞれの社会がもつ「真理の体制」(regime of truth)である。「真理の体制」は、何が真で何が偽かを確定する手続きを定め、真理を語る者の地位を確かなものにする (ibid. p. 131) 。この権力関係生成システムである「真理の体制」は、絶対善でも絶対悪でもない。権力はそれ自体が「絶対」的な「善」でも「悪」でもなく、真理は―少なくとも価値が絡む人文・社会系の論考では―「絶対」ではなく、もちろん「善」でも「悪」でもない。
「真理の体制」に関して気をつけるべきは、ある者がある言説に対して「それは科学ですか?」と問いかけるときに―その者が意図しているにせよしていないにせよ―どのような知識を真理に値しない、つまりは権力が与えられるべきでない、不適格なものとしようとしているのか、ということである (ibid. p. 85) 。もとよりある種の言説が「真理」として主張されるとき、他の種類の言説が「非-真理」と含意されることは避けがたいことである。また啓蒙主義の洗礼を経た近代社会が今更、真理と権力の共生の軛から脱することは容易ではない (ibid. p. 93) 。だが私たちは、「真理の体制」がもつ抑圧性に対して少なくとも自覚的でなければならない。
したがって私たちが行なうべきことは、「真理の体制」の破壊ではなく―破壊は反啓蒙的退行に連なる怖れがある―、現行の「真理の体制」を分析的に自覚しながら、その部分的変革を検討することである。逆に言うなら、言説の生産メカニズム (「真理の体制」) である学界が、英語教育研究のあり方を、他分野研究との比較などから、客観的に把握しなければ、ある種の支配的言説による権力関係の固定化が悪化するおそれがある。現代日本の英語教育学界において、質的研究、特にその中心となる「ナラティブ」 (やまだ 2007) についての適切な評価と判断を怠ることは、現在支配的な量的研究の言説を語る者と、現在等閑視されているナラティブを語る者の権力バランス―支配と制御の関係―を歪なものとする可能性がある。これが現代日本の英語教育界の問題の1つである。

Research Question 上述の問題を受けて、本研究では、現代日本の英語教育研究におけるエビデンス (量的研究の指標) とナラティブ (質的研究の指標) の扱われ方の比較を行なう。具体的な問いは、他分野研究と比較した場合、英語教育研究は、エビデンスとナラティブの扱いに関してどのような特徴を示すか、である。

意義 この研究は、潜在的な英語教育界の言説の偏向を理論的かつ客観的に検討し、これまで英語教育研究が抑圧していた (かもしれない) 言説の権力関係の是正を行なうことが期待できる。

提示する表は、以下の通りです。

1 医療実践と英語教育実践の比較

医療実践

英語教育実践

(1) 対象

患者は、特異的な1名として扱われる。

学習者は、本来個別的存在であるが、通常は集団の中の1名としてしか扱われない。

(2) 分業制

医師は、手法や臓器別で専門化される。さらに看護師・薬剤師・理学療法士などとも分業される。

通常、学年や教科別に専門化されない。生活指導、クラブ指導などの各種校務分掌という教科専門以外にも多くの時間を注がなければならない。

(3) 協働体制

「カンファレンス」の制度化により同僚との協働体制が確保

英語科会議は必ずしも制度化されていない。

(4) 介入

薬剤投与が中心で、介入手段が標準化されている。

介入手段としての授業は、個人的技能・個性の役割が大きい。

(5) 相互作用

他の疾患や薬剤との相互作用に関しては知見が集積し、データベース化されている。

教員の個性、学習者個人の個性、クラスの個性などがあり、相互作用は複合的で予測が非常に困難。

(6) 診断

薬剤の効能は一般に強力であるので、慎重な診断が必要。

授業中のフィードバックにより診断の誤りを正すことが比較的容易。

(7) 効果と

リスク

生死にかかわるため、非常に重要で、短期的(数日~数ヶ月)で顕在的になる。

重要度は劣り、長期的(数ヶ月~数十年)で潜在的であることが多い。

(8) 基礎科学

生命科学を中心に急速に進展中。かなりの知見は標準化されている。

質・量ともに、自然科学・生命科学と比べるなら、後進的。


2 数的処理に関する医学と英語教育研究の比較

医学

英語教育研究

(1) 被介入者の分類

患者の分類は、病理診断で標準化され、厳密。

学習者の分類は、「初級者」「日本人学習者」など非常に曖昧。

(2) 評価項目

多数のoutcome (介入から得られる結果) endpoint (outcomeを評価するための項目) が標準化。

研究独自の指標か、いくつか資格試験の合計スコアが用いられるだけ。

(3) 統計

有意差検定だけでなく、信頼区間を明示することが義務化されている。感度と特異度2が区別される。

有意差検定だけで、信頼区間が示されず3、有意差も5%が機械的に適用されるだけ。

(4) 適用に関する指標

オッズ比・ハザード比、(絶対・相対)リスク減少率、NNT、費用効果分析などで、研究結果の適用が現実的かをチェックする手段4が複数存在する。

ほぼ皆無。

 

3 実験計画に関する医学と英語教育研究の比較

医学

英語教育研究

(1) 実験統制

介入手段(薬剤投与)が標準化されているので、実験要因(独立変数)の統制が比較的容易。

介入手段(授業)が、介入者と非介入者の個性的かつ複合的な相互作用に大きく依存するので実験要因(独立変数)の統制が事実上困難。

(2) 研究

対象は個人なので多数の調査協力者が得られ、ランダム化比較試験実施が比較的容易。二重マスク試験 (二重盲検) 実施も比較的容易で、剰余変数・交絡因子の制御が可能。

対象は集団であり、総人数が多数であっても、集団ごとのランダム割付けを行なうので、十分な数の割付けによる剰余変数・交絡因子の制御が非常に困難。介入が介入者の個人的実践である以上、介入者へのマスク化が不可能。


4 エビデンスに関する医学と英語教育研究の比較

医学

英語教育研究

(1) レベル

確立 (5を参照)

不明瞭

(2) 適用法

問題の定式化→情報の検索→得られた情報の批判的吟味→得られた結果の臨床場面での適用→実行された医療行為の評価、の5ステップがEBM教育で確立

不明瞭

(3) 利用促進

データベース化と系統的レビューが計画的に勧められている。

データベース化が遅れている。メタ分析5がようやく萌芽状態。

(4) ガイドライン

エビデンスに基づく診療ガイドラインが年々更新される。

ガイドラインは少数の専門家の意見によるもの。



5 オックスフォード大学EBMセンターのエビデンスレベル

レベル

エビデンスの種類

1a

ランダム化比較試験の系統的レビュー (均質性あり)

Systematic Review (with homogeneity) of Randomized Controlled Trials

1b

個々のランダム化比較試験 (信頼区間の狭いもの)

Individual RCT (with narrow Confidence Interval)

1c

治療群以外全例死亡か、治療群全例生存の結果を示す研究

All or none

2a

コホート研究の系統的レビュー (均質性あり)

SR (with homogeneity) of Cohort Studies

2b

個々のコホート研究 (追跡率80%未満などの質の低いランダム化試験を含む)

Individual Cohort Study (including low quality RCT; eg., <80%>

2c

アウトカム研究・生態学的研究

“Outcomes” Research; Ecological Studies

3a

症例対照研究の系統的レビュー (均質性あり)

SR (with homogeneity) of Case-control Studies

3b

個々の症例対照研究

Individual Case-control Study

4

症例集積 (および質の低いコホート研究と症例対照研究)

Case-Series (and poor quality Cohort and Case-Control Studies)

5

明確な批判的吟味のない専門家の意見、生理学、基礎実験や「第一原則」に基づく専門家の意見

Expert opinion without explicit critical appraisal, or based on physiology, bench research or “first principles”



6 英語教育研究のエビデンスについて考察するためのレベル分類

レベル

エビデンスの種類

1a

多くのランダム化比較試験を包括的・批判的に吟味して、ほぼ同じ結論となった結果

1b

標本が多いなどの理由で、母集団でも同じ結果が出ることが期待できる、ランダム化比較試験の結果

1c

ある介入をしないと全員悲惨な結果となるか、その介入があると全員悲惨な結果は回避できるという結果

2a

介入群(実験群)と対照群(統制群)を定めて、その結果を検討した多くの研究を包括的・批判的に吟味して、ほぼ同じ結論となった結果

2b

介入群(実験群)と対照群(統制群)を定めて、その結果を検討した結果

2c

アクション・リサーチ

3a

ある結果の有無で分けた2群を過去に溯って検討する多くの調査結果を、包括的・批判的に吟味して、ほぼ同じ結論となった結果

3b

ある結果の有無で分けた2群を過去に溯って検討する調査結果

4

ある共通の実践経験に関する報告集

5

「有識者」の推奨、あるいは言語学者や心理学者などの現場に関する知識・経験の乏しい「専門家」の推奨



7  NBMでのナラティブ

(1) 関与者

(a) 語り手: 研究の「対象」ではなく、個性ある個人として扱われる。

(b) 聞き手: 独自の解釈をしつつ、語り手と相互作用的にナラティブを構築する協働者として扱われる。

(2) 物語

(a) 時間縦断的に語られるが、複数の事象の相互作用を重視し、非線形的な発展を容認し、複合性 (complexity) に対応しやすい。

(b) 物語の複数性を認め、唯一絶対の真理を想定しない。

(c) 語り手自身のことばが尊重され、学術用語などが押し付けられないよう配慮される。

(d) 語られる物語は、語り手の人生というより大きな物語の中の物語であると認識されている。

(3) NBM実践のプロセス

(a) 患者のナラティブを聴取する (listening)

(b) 患者のナラティブについてのナラティブを医者と患者で共有する (emplotting)

(c) 医者がナラティブに対する、適切な仮説を考えつこうとする (abduction)

(d) 患者と医者が互いのナラティブをすり合わせ、お互いに「腑に落ちる」新たなナラティブを創発させる (negotiation and emergence)

(e) これまでの語り合いをふり返り、評価する (assessment)

(4) NBMEBMの関係

(a) EBM実践は患者の問題の定式化、エビデンスの患者への適用などでナラティブを必要としている。

(b) EBMNBMは相互補完関係にある。





現時点での第一次草稿(PDF文書A4で10ページ)をご覧になりたい方は、以下をクリックしてください。




発表当日に使用するパワーポイントスライドをご覧になりたい方は、以下をクリックしてください。



なお、当日の実際の発表では、上のスライドにはない冗談スライドを入れて、笑いの勝負に出ます(笑)。昨年の高田純次ネタ以上の大胆なネタを仕込みました。研究者生命をかけています(汗)。

お笑いのお好きな方はぜひ会場にお越しください(爆)。







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